鏡の中の他人二〇年前のことである。ある日、鏡に映る自分の顔を見て愕然とした。ふさふさとした黒髪の中に数条白いものが走っている。白髪である。よく見ると、目尻のシワもぐっと増え、アゴもたるみが出てまるで七面鳥の首である。もう五〇歳に近いのだからなにも驚くことではなかったのだが、気持ちは若いつもりでいたのに肉体に裏切られた思いで、やはりショックだった。「なるほど……」と、僕はその頃から増え始めた、シワ伸ばしの手術に思い至った。アメリカからの影響もあって、そのころわが国でも、美容外科でのシワ伸ばしの手術が普及し始めて、希望者が僕たちの外来にも訪れるようになってきた。中にはアメリカからわざわざ手術のため来日する患者さんもあった。一九九八年にサンフランシスコで開かれた国際学会のおり、カクテルパーティの席で、旧友のホートン教授がグラス片手に近づいてきた。再建手術では世界的な権威である。「俺の秘書がね、君によろしくとのことだ。俺も知らなかったが、じつは二〇年も前に母親が日本まで行って、君からシワ伸ばしの手術を受けていたのだそうだ」「それは知らなかった。今どうしているの?」「あの時すでに六〇歳で未亡人だったが、その後再婚してね。幸せにやっていると伝えてほしいと秘書が言っていた」僕たち二人は再会を祝し、また、そのカップルの幸せを祈って、カチリとグラスを合わせた。