コンピューターはディスプレイ画面をもつようになる。画面の前についたキーボードとともに、コンピューターはリアルタイムで反応を返すものになった。テレビゲームなどが、まさにそうである。これがコンピューターの大衆化を一気に進めた。それ以前のパンチカードでは、自分が何を打っているのか、自分では直接確認できなかった。これではよほどの熟練者でもないかぎり使いこなせない。ディスプレイに自分の打った字が現れるようになって初めて、素人がコンピューターで文字入力ができるようになった。このディスプレイつきコンピューター最大の衝撃は、あまりにも文字修正が簡単なことだった。字を修正しようと思えば、ディスプレイの上に映し出された文字の上にカーソルをもっていって打ち換えるだけ。挿入したければ挿入キーを押すだけだ。しかも挿入される前にあった文字は、自動的に後ろへ後ろへとずれていく。それ以前は、写植にしても活字にしても、物理的な実体があるから修正には非常な手間がかかった。文章の初めに一字追加が出て、そのあと全部一字ずつ最後まで行がずれるとなったら、活版職人はまさに一字ずつ活字を詰めていく必要があった。ディスプレイ表示された文字ならまったく造作ない。いまなら当たり前の話だが、文字入力という観点から見れば実に衝撃的な発明だった。そのディスプレイの衝撃さめやらぬなか、ワードプロセッサーというものが発売される。一九七八年、いまのワープロソフトを単体の機械にしたようなものである。ワープロというソフトはいまでもあるが、一時代を画したワープロという機械も、最近あいついで製造中止になっている。ワープロは電算写植と違って、印刷業者ではない一般の会社に売られるもので、専門のオペレーターではなく普通の社員が操作することを前提に作られていた。それだけに扱いやすさが重視された。
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